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千葉地方裁判所 昭和37年(タ)4号 判決 1962年7月12日

判   決

住所同市稲毛町二丁目五二番地

戸籍上の入籍先

朝鮮慶尚北道広州郡江西面根渓里無番地

原告

秋公子こと

千川公子

右訴訟代理人弁護士

伊藤銀蔵

所在不明

日本に於ける最後の住所

千葉市稲毛町二丁目五二番地

被告

秋兼明

右当事者間の、昭和三七年(タ)第四号婚姻無効確認請求事件について、当裁判所は、次の通り判決する。

主文

一、東京都杉並区長に対する昭和二七年三月二七日の届出によつて為された原被告間の婚姻が無効であることを確認する。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告は、

主文と同旨の判決を求め、その請求の原因として、別紙記載の通り陳述し、尚本件に於ける準拠法は日本国法であるから、日本国法によつて、その請求を為すものであると附陳し、

立証(省略)

被告は、

公示送達による適式の呼出を受けたに拘らず、本件各口頭弁論期日に欠席した。

理由

一、昭和二七年三月二七日、東京都杉並区長に対し、原被告が婚姻し、夫の氏を称する旨の屈出が為され、原告の戸籍にその旨の記載が為されて居ることは、(証拠)によつて、之を肯認することが出来る。

二、而して、(証拠)を綜合すると、右婚姻の届出は、原告主張の経緯によつて為されたものであつて、原告の全く関知しないところのものであること、及び原告が被告を婚姻する意思などは全然之を有しなかつたものであることが認められ、この認定を動かすに足りる証拠はない。

三、仍て、先づ、原被告間に婚姻の成立があるかどうかについて按ずるに、(証拠)によると、前記届出の為された当時、原告は日本国の国籍を、又、被告は韓国の国籍を、夫々有したことが認められるので、原告については、法例第一三条第一項の規定によつて、日本国法がその準拠法となるものであるところ、日本国法によると、婚姻は、之を国家機関に届出ることによつて、その効力を生じ、その効力の生じた婚姻は、国家機関によつて、公簿である戸籍簿に登載され、之によつて、一般に公示されるに至るものであるから、婚姻当事者の名義を以て、その届出が為され、之に基いて、戸籍簿にその旨の記載が為されると、その記載は、国家機関の承認による公簿の記載として、強力なる推定力を生ずるものであり、従つて、婚姻の届出が為され、之に基いて、戸籍簿の記載が為されると、婚姻当事者の婚姻意思の有無を問はず、又、何人によつてその届出が為されたかを問わずその届出の名義人となつて居る者の間に婚姻が成立して居ることの強力な推定が生じ、一般世人は、右届出の名義人となつて居る者の間に婚姻関係があると認識するに至るものであるが故に、仮令、婚姻意思の欠缺その他によつて、その婚姻が無効なそれであつたとしても、右戸籍簿の記載が有する推定力を排除しない限り、その婚姻が無効のそれであつて、届出名義人間に婚姻関係が存在しないものであることを一般世人に認識せしめることは出来ないものであると云ふべく、(右推定力の排除は、確定判決による以外に方法はなく、この排除を求める訴が婚姻無効の訴であり、而して、この訴が一般に形成の訴であると云はれる所以は、その訴に於て為されるところの婚姻無効の判決が、右推定力の排除と云ふ形成的効力を有するが故であると云ひ得るものである)、斯るが故に、前記認定の届出と之に基く前記認定の戸籍の記載がある本件に於ては、之によつて、原被告間に婚姻の成立があつたことの推定を為さざるを得ないものであるから、本件原被告間に於ては、婚姻の成立があつたものと判定せざるを得ないものである。

四、仍て、更に、右認定の婚姻が無効のそれであるかどうかについて按ずるに、前記認定の届出の為された当時に於ける原告の本国が日本国であることは、前記認定の通りであるから、原告については、前記の場合と同様に、法例第一三条第一項の規定によつて、日本国法がその準拠法となるものであり、而して、日本国法によると、婚姻意思を有しない者の為した婚姻は実質的には、無効なそれであつて、その当事者間に於ては、法律上の婚姻関係を生じ得ないものであるところ、本件原告に於て、被告と婚姻を為す意思を有しなかつたことは、前記認定の通りであるから、原被告間に於て成立した右認定の婚姻は、実質上、無効のそれであつて、原被告間には、法律上の婚姻関係は存在して居ないものであると断せざるを得ないものである。

五、然るに拘らず、前記認定の届出に基く前記認定の戸籍の記載が存在し、之によつて、原被告間に、法律上の婚姻関係が存在することの推定が生じて居るのであるから、原告に於て、その推定力の排除を必要とすることは、多言を要しないところである。故に、右推定力を排除する為め、前記認定の婚姻が無効であることの宣言を求める原告の本訴請求は、正当である。

六、仍て、原告の請求を認容し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条を適用し、主文の通り判決する。

千葉地方裁判所

裁判官 田 中 正 一

別紙。

請求の原因

一、原告は戸籍上昭和二七年三月二七日東京都杉並区長に対する届出によつて被告と婚姻した旨の記載がなされている。

二、しかしながら右婚姻は原告に被告と婚姻する意思がなく原告の全然不知のもとになされた無効のものである。すなわち原告は若くして父と死別したため家計を助けるために昭和二三年頃、当時東京都杉並区高円寺七丁目にあつた喫茶店「風月」で働いていたが勤務後間もなく勤務先より帰宅途上足首を捻挫し路上に呆然としていた折、通りかかつた被告が原告を近くの病院に連れて行きその治療費を立替えて支払つてくれた。

ところが原告方では母親の手一つで幼い弟妹を養育していたので右治療費を被告に支払うことが出来なかつたことから被告は原告の弱目につけこみ強引に関係を迫り井之頭公園に連行し短刀を原告につきつけて脅迫したため原告はやむをえず被告の言をきき入れねばならなかつた。原告は当時年がまだ若く且身近に相談する者とてなく又常に被告の許より脱出する機会を窺つていたがその都度被告の脅迫と看視のためにどうする事も出来なかつた。

三、従つて原告としては被告とは全然婚姻する意思はなくただ被告の怖しさのために関係を継続していたにすぎない上被告としても故国朝鮮に妻子があり時折郵便さえ来ていたので原告としては法律上の婚姻を考慮する余地もないものであつた。

四、ところが昭和二九年頃突然立川警察署に出頭を命ぜられ外人登録をすべきことを指示されてはじめて被告との間に正式に婚姻の届出がなされていることを知らされ右記載の存在を知り非常に驚いた次第であるが、右婚姻の届出は被告が勝手に原告の印章を盗用し不法にも妻子があるにかかわらずなされたものである。

原告は被告と婚姻意思はもとより内縁の意思も存せず単に被告の怖しさに被告の言なりになつていたにすぎず被告も右事情を知つていたので原告には内密に届出したものである。

以上の如き次第であり原告、被告の婚姻は原告に婚姻の意思がなく且被告か原告の印鑑を盗用して婚姻届出した無効のものであるから原告は戸籍訂正の必要上婚姻右無効確認を求めるため本訴に及んだものである。

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